前回、日本語の文化と英語の文化で、会話の展開の仕方に違いが生まれ、それぞれの文化で使われる会話の展開の仕方を知っていれば、複眼的な思考力が鍛えられる、というお話をしました。そして、この会話の展開の違いを学ぶことができるのは、英語を勉強すると気に得られる経験に基づいているということをお伝えしました。今回はその続きです。

こうした複眼的な思考は、英語学習から得られるわけですが、具体的には、英語を使ったコミュニケーションで「自分の英語が通じない」という苦い経験が思考力の向上をもたらします。。

こうした苦い経験が起こるのは、英語を話すときに、日本語的な発想で物事を伝えようとしているためです。

多くの方が、「発音が悪かったからではないか?」とか「文法を間違ったからじゃないか?」といったことに原因を求めますが、たいていは、声が小さくて相手が聞き取れなかったか、英語で伝えたメッセージがネイティブスピーカーにとっては、イマイチ意味がよくわからないといった場合のどちらかです。

よって、英語でうまくコミュニケーションをとるには、英語を話しているときのネイティブスピーカーの発想をよく観察して、日本語的な発想を排除していく必要があります。

もっと正確にいえば、日本語的な発想を英語になじむような日本語に置き換える訓練が必要となるのです。

たとえば、ハリウッド映画を見ているときなどに、「アメリカ人はどういう言い方で頼みごとをしているのか」。そういう視点で観察をして、まねることで身につくものです。ですから、単に英語の表現を知ることも大切ですが、そもそもどういうものの言い方や表情、ジェスチャーを交えて、どういう言い回しをしているのかを知ることはもっと大事です。

これは、音声を英語にしなくても、つまり日本語吹き替え版を見ても学ぶことができるものですから、それほど難しいことではないでしょう。しかし、英語力をグーンと高める方法のひとつなのです。
英語学習の時点でこういう経験をしておけば、現地語しか通じないところに行って、現地語で調査をするときにも簡単な表現で、聞くべきことを聞いて帰って来るという能力を養うことができるでしょう。

また、現地の人にとって誤解や無理解を生まないような表現方法で意志疎通をはかることができるようになるはずです。

まずは英語が使えるようになるべきだというのは、仮に英語ができない場所で仕事をする上でも十分経験として役に立つということがお分かりいただけたと思います。

たかが英語とあなどってはいけません。英語によって異文化コミュニケーションの訓練や、日本語を客体化するトレーニングを行うことができるのです。


「これからはアジアの時代だから、もう英語なんて役に立たない」というのはちょっと過ぎないかもしれませんよ。

手遅れになる前に、異文化コミュニケーションとしての英語力、サバイバルとしての英語を身につけてみてはどうでしょうか?

「ひょっとしたら、20年後には異文化コミュニケーション力の高い人と、低い人との年収や仕事の機会に格差が生まれ、自分は負け組の一人になってしまうかもしれない」

そういう危機感も生まれてくるかもしれませんね。