アジアの時代であっても、英語を学ぶ意義があるというお話を前回させていただきました。

アジアの国々では、それぞれの国に自国の言葉があるというケースが多いので、あまり英語を勉強する意味がないのではないか、と思われる方も多いはずです。

しかし、仮に現地の言葉を学ばないといけないということになっても、英語を勉強するときに課題に直面し、それを克服していくなかで、外国語との接し方のコツのようなものを身につけることができます。

英語を学習するうちに、たとえば、「ある英語の表現は日本語と同じ感覚で使っていいが、別の英語の表現は日本語には全く存在しない表現方法なので、これは集中して学ばないといけない」といったポイントがだんだん蓄積されてきます。

もしこういった経験があれば、アジアのある国の現地語を学ばないといけない時に、日本語と同じように使ってよい表現と、ダメな表現の線引きがスムーズにできるようになるので、習得で混乱しなくても済むことでしょう。

英語での学習は、こういった過程をありとあらゆる場面で学ばせてくれる機会を与えてくれます。その結果、別の言語を学ぶときには、同じ過程を踏んでも、容易に相違点と共通点を拾うことができるようになります。

また、学習の上では相違点について素直に受け入れたり、日本語の感覚を抜いて発信したりできるようにする必要があります。

そのようにスムーズな受信(読む・聞く)と発信(書く・話す)をするためのトレーニングとして有効な方法も、英語を習得する際に経験的に学習しています。よって、現地語を学習するときに迷うこともあるでしょうが、英語をはじめて学んだときほどの負担を受けずに済むと思います。

別の視点で利点を考えてみましょう。たとえば、あなたが突然ミャンマーに派遣され、現地の人たちの食生活について調査せよと言われたとします。

その時にどうアプローチすればいいかというと、日本語ができる現地の人を探して協力してもらう必要が出てくるでしょう。

仮に、日本語ができない人がいない場合はどうするかというと、英語ができれば、英語ができる人を探すことができます。

英語はほぼユニバーサル言語になっていますから、日本語ができる人が見つからなくても、英語ができる人を探すことは容易だと思われます。英語を介してその人に、今から自分が行いたいことを協力してもらうことができますね。

このように英語という言語を身につけるときの苦労の経験は、他の言語をまなぶときのヒントになりますし、現地語ができなくても、英語ができれば、英語と現地語の通訳をする案内者に頼ることができます。

英語を学ぶと、世界が広がると言いますが、こういったことからもお分かり頂けると思います。